超言理論

特に益もない日記である

第9回ケータイ国際フォーラムとtwitter

第9回ケータイ国際フォーラムに参加してきましたのでそのとき聞いたお話しとtwitterを掛け合わせて少し。

(偉い方がお話された内容について言及することが今まで滅多に無かったので、もしかするととても無礼な言い方であったり、非常に問題な書き方、扱い方をしているかもしれません…もしそんなことがありましたら、どんどんご指摘くださいませ…)

"賢い"ケータイユーザーと"バカ"なケータイユーザー

1日目、午後の相国寺承天閣美術館で行われたビジネスセミナー「ケータイビジネス、その成功と失敗の分かれ道〜文化や感性はケータイビジネス成功の鍵か?〜」で(株)日本技芸 代表取締役 御手洗 大祐氏がお話されていた内容がとても私の興味をそそりました。
(株)日本技芸様では「生活誌調査」と呼ばれる調査対象に日記(行動のログ)をつけてもらうことによって、そこからユーザーがケータイをどのような役割で使っていうるのか、特長的な考え方や行動はあるのかなどについて研究をされているそうです。
その「生活誌調査」から出た結論にとても興味があるのです。

ケータイの90%は自宅で使用されていること。

ケータイユーザーは自宅で延々とケータイで遊ぶばかりの"バカ"なユーザであるように見えること。
これが(株)日本技芸様の「生活誌調査」から出た結論のうちのひとつ。
一見すれば、ただ単に「ゲーム機や暇つぶしの駄弁りのためにケータイが使われている」という結果でしょう。
しかし、これを見て思うのです、twitter的だと。
これといって結論や今後の方針を打ち立てるような話ではないのですが、それでも言い方は少々お付き合いください。

暇駆動とtwitter

出先でふと暇になったとき、たとえばバスの待ち時間や電車に乗っているちょっとした暇、牛丼屋で牛丼が出てくるまでの少しのタイムラグに、ふと携帯をひらいて"i"のボタンをプッシュし、Bookmarkフォルダからtwitterを選択して、これといって何かつぶやくわけでもなく、また終話ボタンを押してポケットに返す。そんなことは無いでしょうか?
あると思うんです、いいえ、少なくとも私にはあるのです。
そう、あれだけtwitterの有効活用が〜なんてえらそうに記事を書いておいて、私が、私こそが「暇で"バカ"なケータイユーザー」であり、同時に「暇に取り付かれたTwitterユーザー」なのです。
また少しケータイユーザーが"賢い"のか"バカ"なのか、という話に戻ろうと思います。

とても合理的で賢く"バカな使い方"をするケータイユーザー

そもそもケータイとは何か、という点について少し考えなければならないかもしれません。
ケータイとは何者で、どのような用途が「賢い」といえるのでしょうか?
今ではケータイがコミュニケーション・ツールであると考える人は少なくなったと思います。ケータイが普及し始めてほぼ10年、電話機能だけだったものがデータ通信を始め、メール、ネット、ボイスチャット(ボイスメモ)、アプリケーション、ワンセグなどなどさまざまな機能をつけたし、小さく、より高度なツールへと進化しました。
そう、進化を繰り返して、ついに「何でもできるツール」になろうとしているのです。この何でもできるツール、というところに問題があります。「何でもできる」のです、「何かをする」ためのツールではなくなりつつあるのです。つまり、ケータイは「暇つぶしもできる」ツールである必要があるのです。
ケータイの暇つぶし、従来ではどんなものがあったでしょうか?ケータイアプリや各社ごとのネットの名前をとってiアプリやEzアプリなどと呼ばれるアプリケーション、友達との電話やメール…いろいろな人が試行錯誤して作ってきた暇つぶしのための手段があるでしょう。
しかし、twittetrはこれらを凌駕したのです。さまざまな面で、この従来の暇つぶしの手段を大きく超えたと思います。
まず、twitterというのは人のつぶやきの集合であり、人の集まりです。(BotBotまがいな動作をする人を除いて)毎日同じことをつぶやくアカウントはあらず、その内容も刻々と変化し続けます。常に同じ動作をし続けるアプリケーションとは異なり、「飽きが来ない」システムであると思います。
そして、相手を強制しないことです。メール、電話は相手が必要で、同時に相手にも自分の暇な時間に「付き合わせる」という強制が必要です。
それに対してtwitterは「好きなときに好きなようにつぶやく」のです。つぶやきを見るだけでは相手に何も強制せず、またreplyをしたとしても相手がそのreplyを確認するのは相手の好きなタイミングであり、これも強制という性質を持ちません。
固有の相手を必要とせず、かつ、常に変動する内容を持ち合わせる、これがtwitterの特性なのだと考えます。
twitterが暇をつぶすのにとても有効な手段であること、これを"賢い"ケータイユーザーは知っているのです。知った上で、まるで"バカ"なケータイユーザーのようにケータイを利用するのです。とても合理的な暇つぶしをするために。

合理的な暇つぶしと"賢い"ケータイユーザー

最初に言及しました"賢い"ケータイユーザーについて少しお話をさせてください。
御手洗 大祐氏は"賢い"ケータイユーザーについてこう説明してくださいました。
「ぱっとケータイクーポンなんかを出して得な商品やサービスを持っていく"賢い"ケータイユーザー」
そして、こうもおっしゃいましたと思います。
「もしかしたら、ケータイでは必要な情報を簡単かつ楽に得られないから、"バカ"なケータイユーザーになることがある?」
即ち、"賢い"ケータイユーザーを量産するシステムやサービスが無い、そう考えられます。つまり、"賢い"ケータイユーザーを輩出するサービスがあれば"賢い"ケータイユーザーが増えるのです。これは多分、企業(商売側)にとってもいいことなのだと思います。
それを実現するサービスとは何か、"twitter"だと思うのです。
いくらマクドナルドをよく利用する方でも暇になったらマクドナルドのケータイクーポンを探しにケータイを出したりしませんよね?ですが、もし暇になってtwitterを見ているときに「みんな大好きビッグマック100円ケータイクーポン」なんて見たならきっとそのつぶやきには「暇つぶし以上の何か」が生じていると思うのです。

結論

暇つぶしという行為にお金のにおいを感じています。
結構ダメな生き物です。


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