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超言理論

特に益もない日記である

「見られている」ように行動し、「見られていない」ように考えられるようになりたい

日々の行動は誰かに見られている。日常的な所々の動作がその人の評価になり、その人自身になる。
マザー・テレサもこんなことを言っている。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

どうでも良いような小さなことの積み重ねが他人の評価になって、そして自分自身になって、最終的には人生になる。
難しいけれど、誰もいなくても「誰かいるように」、見られていなくても「見られているように」、常に自分自身が自分自身に自信を持てるような行いをしなければならない。重ねて言うが、誰かに見られていないところでも「誰かに見られているように」振る舞わなければならないと思う。
とは言うものの、常にそんなこと考えているとなかなか前に進めなくなる。
嫌われたら、評価されなくなったら、見放されたら、どうしよう。常に評価が付き纏うことは、なかなかに重荷だ。

でもそれは耐えなければならない。耐えて、耐えた上で見ない振りをしなければならないことがある。
時に高慢に、不遜に、自由に、自分が世界で一番だと言わなければならないときがある。
成果を報告し、自己をアピールし、いかに凄いか無理にでも言わなければならないときがある。誰かに後ろ指をさされ、あいつは言い過ぎだと陰口を叩かれるくらいには。
そんなときは、誰にも「見られていない」くらいの気持ちで考えて、言わなければならない。むしろ、周りに対して盲目に、誰も「見ていない」くらいのつもりで自分の言いたいことを、自分の自信を広げなければいけない。


それが出来なくて、結局私は研究には向かないのではないかと思う。


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