読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

超言理論

特に益もない日記である

年を越すために必要なこと

人生の整理


修士の1年の冬、1月の終わりくらいに、5年、10年来の仲間とふとしたことで喧嘩別れをした。
正直、別れた当初はこいつはなんで自分のことを分かってくれないんだと思ったし、一方で自分のことを手放しに理解してくれると思っていた人が、実際は自分に対する理解がないことを知って落胆したりした。

原因*1になったのは、対話システムに関するいろいろで、そこから対話システムの研究をやめようとか、もっと言えば学校をやめようかと思ったりもしたし、ぶっちゃけ死んでしまおうかと思うこともあった。
一年くらい誰とも連絡を取らずに黙々と与えられた仕事をして、研究をして、やろうと思える限りのことをやって、振り切ろうと思った。

無理だった。


修士が終わった時に、修士の二年間を振り返りたくなかった理由はきっとここら辺にあって、自分を手放しで支援してくれる人の不在から、おそらく自信不足*2というか、自己に対する懐疑心というか、そういう感じのネガティブな思いがあった。
このネガティブな感じ、自分の自分自身への否定、トラウマと向き合うために、三年ぶりに件の当人と会ってきた。


希望的なことを言うと、きっと前の関係に戻ろうと思うところはあったんだと思う。
確かに、もうかれこれ10年は一緒にいるわけで、相手のいいところも悪いところも知っているはずで、もうちょっと余裕があればどっちも「あぁ、いつものアイツ*3の悪い癖だなぁ」と思えたんだろうと今になって思う。
話し合って、結局自分たちの理解が薄かったんだ*4ということを再確認して、やっとこさ元の鞘に戻れた気もしなくもなくもない。

これでやっと、3年ぶりに年が越せる。
自分の気持ちは3年前から止まったままだったから、やっとここから再スタートできる。
そんな希望を酔った余韻に任せて感じていたい。


2015年、使途が来るかもしれないし、何が起こるかわからないけど、やっとここから始まる。
良い年を、明けよう。

*1:その時の状態とか、いろいろと両者ともに極限状態で、ブチギレたり擦り切れたりしていたので一概には言えないが

*2:そもそも他人のケツ持ちあっての自信なんて言うのは自信とは言わないんだろうけど

*3:主に自分

*4:というより、疲れ切った中で話し合いを設ける気持ちが欠如していたんだ


Copyright © 2012-2016 Masahiro MIZUKAMI All Rights Reserved.